実は自分は現代音楽ファン(少々ミーハー気味の)です。よく難解で理解し難い音楽と言われ、敬遠されがちなのは判りますが、それは現代音楽というクールな書庫の中にも優れた美しい作品がたくさん眠っていることがあまり世間に知れ渡っていない所為ではないかな、と思っています。また自分の耳というのは恐らく50年後、100年後の聴衆に近いのじゃないだろうか、と自惚れていますが、そういう子供の頃から比較的無調音楽に抵抗無く親しんで来た自分が(一世紀後にも、きっと忘れられずに聴かれているに違いないと)予感する現代日本の代表的な作品を以下に挙げてみようと思います。
武満徹『遠い呼び声の彼方へ!』『地平線のドーリア』『妖精の距離』『ノヴェンバー・ステップス』『虹へ向かって、パルマ』『セレモニアル』『マイ・ウェイ・オブ・ライフ』『ジェモー』『鳥は星形の庭に降りる』『カトレーン』『ファンタズマ/カントス』『波の盆』『砂の女』・・・・・・北爪道夫『映照』 黛敏郎『<<涅槃>>交響曲』・・・・・・
他にもまだまだ優れた作品が存在することは承知しております。これ等はあくまでも自分が時々思い出したようにCDケースから取り出して聴く、珠玉の数曲を挙げたに過ぎないのです。・・・・・・
話は変わりますが、どこかの板に、次のような気になる投稿を発見。(ええっ、そうだったの??_)「東京コンサーツはいろいろな新興宗教団体の集大成だ!! 池辺晋一郎は創価学会系とばかり仕事をしている。 伊佐治直、佐藤紀夫、安良岡兄弟、中村明一、など長木 水野みか子、柿沼敏江等ほとんどの批評家が創価学会の会員。 伊福部昭立正佼成会、黛敏郎阿含経、 武満徹世界教世教などなど、、、」・・・池辺にしても共産党員のくせにSG貝と仲が良いってのは、
どういうこっちゃ?わけわからん。
もう少し事情を知ってる人がいたら説明を希望。
、、、という話も。しかし世界教世教という宗教は存在しません。救世教のことかな?でもそこの信者に聞いてもピンと来ないようで、しかも武満さんがまだ生きてるように思っているみたいだった・・・・・・なんかヘン。
現代音楽界と新興宗教団体の関係 http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/contemporary/1239698718/l50
また最近、立花隆「武満徹・音楽創造の旅」、未刊の謎(※)という驚くべき一文を見つけました。引用します。武満氏死去の前後、『文学界』に異変がおきています。それまで同誌に登場することさえなかった浅田彰が、「文学界新人賞」の審査委員に就任しています。詳しい年月日は覚えていませんが、95,6年頃だったはず。武満氏の死後さらに顕著になったのが、柄谷・浅田がしばしば同誌に登場しはじめたことです。浅田はもともと文芸誌などからはお呼びもかからなかったわけですが、柄谷はもっぱら「群像」専門でした。たまに「すばる」に出るぐらい。それが突如として『文学界』にも進出。もちろん武満氏の死去にのみ関連する動きではなく、すでに拙著やホームページでも詳述してきた、文壇制覇戦略の一環です。これまでも文壇関係者の怪死者を数々確認してきましたが、その害が及んでいないがゆえに、立花氏までもが柄谷・浅田の標的にされていたとは考えもしませんでした。しかし、柄谷・浅田は、立花氏までをも標的にしていたと、声を大にして断言します。立花氏の場合は、生かして利用するというやり方です。 利用の最大の要諦は、立花氏の仕事を、柄谷・浅田の領分を侵さない範囲に限定すること。立花氏が音楽分野にまで仕事の場を広げたならば、柄谷・浅田、とくに浅田の暗躍する余地がなくなってしまいます。それを恐れた二人の汚い工作が、武満氏の死後の諸々の動きです。武満氏の死後間もない時期に、このインタヴューが本として刊行されたならば、立花氏の評価はこれまでとは位相を異にするものになったはず。しかし、東大客員教授として立花ゼミを開講したことが、結果として物理的な障害となり、刊行を阻害した。しかもかなり評判を呼んだ立花ゼミは、2年で閉講。その後も開講される動きも見られない。それどころか、立花氏の「科学的知識の杜撰さ」を批判する本や噂までが流される始末。批判は自由だし、専門家ではないがゆえに欠陥は捜せば出てくるだろうとは思われますが、これらはすべて連動した動きです。立花ゼミは、柄谷・浅田の盟友でもあった蓮実重彦氏の学長時代に開講されました。インターネットを使って講義が学外にも配信されました。また学生が協同で編集した本が出版されるなど、立花ゼミは大学外にもその活動を広げ、話題を呼びましたが、98年に閉講。この年は創価学会が政界のみならず、文化分野でも覇権を打ち立てた年にもあたります。 立花氏は以降、評論家として著作に専念され、何冊も新著を出版されているにもかかわらず、「武満徹・音楽創造の旅」は出版されずにいます。・・・・・・このおそるべき事実に立って武満氏の死を振り返るならば、柄谷・浅田の周到な計画殺人ではないかとさえ思えてきます。
http://page.freett.com/sokagakkai_komei/www.editor-shop.co.jp/booklet9-2.htm
※立花隆氏の文章「武満徹・音楽創造の旅」は雑誌『文学界』に1992年から1998年まで連載された。(文藝春秋社)小学館「武満徹全集第2巻」に収録されているそうです。(しかし単行本での刊行は今のところない様子)
サイトウ・キネン・フェスティバル 松本:プログラム 武満徹メモリアルコンサートXIV 2009年8月22日(土) 開演:19:00 料金:\4,000 (全席指定) 場所:ザ・ハーモニーホール
作曲家・武満徹が他界した1996年に始まった武満メモリアルコンサートでは武満の室内楽作品を中心に、彼の合唱曲・映画音楽などが演奏されてきました。また近年では武満の作品のみならず、日本の若手作曲家たちの作品も取り上げ、今までに細川俊夫、野平一郎、権代敦彦、藤倉大、江村哲二らの作品が演奏されました。 今年は武満作品の他に、武満メモリアルコンサートではもうお馴染の作曲家、猿谷紀郎の「すさのつらなり」と、第57回尾高賞を受賞し、その活躍がますます期待される原田敬子の「消失点Ⅱ-b」が演奏されます。また今回演奏される武満の「ア・ストリング・アラウンド・オータム」は1989年、ヴィオラの今井信子とケント・ナガノ指揮 パリ管弦楽団によって初演されたヴィオラ・コンチェルトを、武満の死後、今井信子の依頼で作曲家の細川俊夫がピアノとヴィオラ版に編曲したものです。
http://www.saito-kinen.com/j/program/takemitsu/
最後に印象に残った、消えた投稿群から・・・・・・
世界的な現代音楽・映画音楽作曲家
武満徹Music for Movies: Toru Takemitsu というDVDをアメリカのショップから購入しました。実は同じソフトを、むかしVHSでも買ったことがありました。 何故こうした素晴らしい作品が日本版で発売されないのでしょうか?日本が生んだ優れた芸術家であるにも拘らず、です。大江健三郎がノーベル賞を受賞しましたが、20世紀の作曲家全体の中で彼の占める位置は現代文学の中の大江よりずっと大きいものがあると思います。また現代の作曲家、映画音楽作曲家として世界的に認知されているのに、日本国内の知名度はずっと落ちるようにも思います。それには何かインチキ臭い裏があるのでは、と感じる程です。たとえば13年前に彼が亡くなった時、FM東京やNHKは追悼番組を放送しましたが、J-waveのような放送局は無視していたように思われます。日本経済新聞等で死後彼の話が取り上げられる時に垣間見えるのは守旧派・保守層の胡散臭い妬みのような感情です。マスコミが作り上げた現代の大衆社会・若者文化(個人の趣味?)というのが何か非常に狭い枠の中に閉じ込められてしまっていて、世界レヴェルの真っ当な文化受容からは遠くかけ離れて行っているように思えるのですが。
遠い呼び声の彼方へ!
自分が武満さんの作品で一番好きなのは、『遠い呼び声の彼方へ!』です。晩年に書かれた作品には、『マイウェイ・オブ・ライフ』とか、一般ウケしそうな曲も多いと思います。 勿論、映画音楽の方でも、黒澤映画『どですかでん』『乱』や『砂の女』を初めとして素晴らしい作品がたくさんありますけど。
リージョンフリーDVDプレーヤー最近はリージョンフリーDVDプレーヤーも、送料込み3千円台で買えるようですし。どなたか知りませんが在米時にTVで見られたそうなのですが、同感なので引用します。
「日本が世界に誇る音楽家、武満徹氏の音楽観人生観を見事にとらえたドキュメンタリーです。 アメリカにいた時にケーブルで放映しているのを偶然見たのですが、本当に素晴らしい作品で 心から感動したのを覚えています。また、見たいのですがリージョンが1なので、国内版を発売して頂きたいです。 日本人なら必見の一本です。 音を構築していく作業を、枯山水の構築に例えていたのがとても印象的でした。 」(Amazonカスタマーレビューより引用)
50年後・100年後の武満徹
日本の音楽教育のまずさ、というのもあるかとは思うが、そもそもベートヴェンやバッハの音楽を愛する日本人が今どれ程いるだろうか、と考えてみると世界でトップレヴェルの現代音楽作曲家の名が然程知れ渡っていないからと言って、特に不思議に思う事もないのだろう。それは海外でも同じで、欧州のどっかの国で(コンビニに深夜買いもしないのに)若者が屯するようになって困っていた経営者が、ベートーヴェンの曲をBGMで流すようにしたら、招かれざる客が寄り付かなくなったという話からも事情は何処も似たようなものだと窺い知れる。 しかし恐らくクラシック音楽は不滅であろう。じり貧になっても細々と継続して行くことが予想される。そこで50年後、100年後に武満徹がどのような扱いを受けているかと想像してみる。 自分が思うに、彼はベートーヴェン、ブルックナー、マーラーといった作曲家たちにひけをとらない存在になっていると思う。小学校の音楽室にベートーヴェンやシューベルトと並んであのいかめしい遺影が飾られている可能性は高いと感じる。例えば現代音楽の作曲家で、ブーレーズのような人のかいた音楽が100年後も、今ほど多くの人に頻繁に取り上げられ論じられ続けているかといえば、そういう状況はちょっと想像しにくいのである。何か20世紀の、あるスタイルの典型的なものという扱いは受けるだろうけど。 それに較べれば武満徹は世界全体で見ても、20世紀の優れた作曲家たちの中で、メシアン、ペルト、ライヒ、リゲティ、シェーンベルク、ベリオ等と並んでこの時代の代表的な作曲家という扱いを受けている可能性が相当に高いのである。今にしてもう既にそうだと解釈してもよいのだから。もっとも後世になると芸術音楽も大衆音楽も区別なく、ビートルズやニーノ・ロータやピアソラも同じように愛好されている可能性はあるのだが。
率直な話・武満の真相
・映画音楽や芸術音楽だけじゃなく、ポピュラー音楽、(それもとびきりの)歌謡曲でも大家だったんですね。 たけみつなんて、所詮、とある歌謡曲の大御所のゴースト作曲家。という風に書かれていた・・・ 武満さんとは近所でした。(隣町ね) 意外と質素な生活だったようです。 多摩湖湖畔の小さなアパートにお住まいでした。 http://music.2ch.net/classical/kako/997/997890042.html
『マイ・ウェイ・オブ・ライフ』(シャトレ座) DVDライブラリーより。
「パリ・シャトレ座プロジェクトⅡ」と銘打たれた東京での公演のライブ映像。1996年に惜しくも亡くなった作曲家、武満徹氏の代表的作品を基に、氏が念願しながらついに成し得なかった〈オペラ的なるもの〉の夢を再生しようとした試みである。ちなみに、現シャトレ座総監督ジャン=ピエール・ブロスマンは、前職のリヨン・オペラ座支配人当時、武満氏にオペラを委嘱した経緯がある。この舞台は、そのブロスマンや、そこでコンビを組んでいた指揮者ケント・ナガノたちからの武満氏へのオマージュである。プロダクション初演は2004年10月ベルリン州立歌劇場、パリ公演が2005年1月だった。全体は明確なストーリーを持たないが、死を前にした孤独な老女が自分自身の人生を回想するという大まかなラインの中で、夢幻的な世界が展開していく。宇宙人みたいな小人、ぬいぐるみ、ポップな少女たちなどを繰り出しながら、暗く、内省的な舞台をムスバッハが作り上げている。登場してくる音楽は以下のとおり。「弦楽のためのレクイエム」、「ノヴェンバー・ステップス」、「マイ・ウェイ・オブ・ライフ」、「系図~ファミリー・トゥリー」、映画『他人の顔』よりワルツ、そして武満氏が作曲家を志すきっかけとなったシャンソン「Parlez-moi d'amour」や「想い出のサンフランシスコ」といった曲、等々。 ★★★
少女:メラニー・フーシェ女優:ジョルジェット・ディー老女:クリスティーネ・エースタラインバリトン:ドウェイン・クロフト 尺 八:三橋貴風琵 琶:田中之雄打楽器:山口恭範ギター :鈴木大介合 唱:東京オペラシンガーズ管弦楽:ベルリン・ドイツ交響楽団指 揮:ケント・ナガノ美 術:エーリヒ・ヴォンダー 衣 裳:石岡瑛子 照 明:アレクサンダー・コッペルマン演 出:ペーター・ムスバッハ共同制作:ベルリン州立歌劇場 [ 収録:2005年4月14日、東京文化会館大ホール ]
すべての因襲から逃れるために〔対談本〕
むかし珍しく掲題の対談集を買って読んだことがあったのですが、そこに登場したのがラトルやバルエコといった、当時はまだ新進の才能豊かな音楽家たちでした。その後彼らは順調にビッグネームに育って行ったこと(ラトルなんか、”サー”がついてしまった!)は周知の通りで、そうした気鋭の若い演奏家たちと対談に臨まれた武満さんも決して因襲に囚われる事の無い、また良い意味で”若さ”に満ち溢れた方だったと思います。今その本は手元に無いのですが、対談相手の一人が武満さんについて、まるで十代後半の少年のように見える、と冗談混じりに語っていたのが印象的でした。そしてそうした芸術家としての感性の瑞々しさを最後まで持ち続けておられたのは驚嘆に値します。 またシネヴィヴァン六本木開館時に蓮實重彦(当時は妙な映画評論家、仏文学者としか見えなかったのが、その後東大総長になってしまった)とタルコフスキー映画について対談したり、対談本がベストセラーになった盟友小澤征爾もニューイヤーコンサートの指揮者を務めるまでになった(これは本当に凄い事で、ウィーン・フィル最後の常任指揮者クラウス以来、1939~2009年迄で、指揮を務めることが出来た指揮者は14人に過ぎない。ショルティみたいに本人が希望しても叶わなかった大指揮者もいた)・・・と、周辺の方々がその後驚くべき出世をしているのも大変興味深い話で(周囲は逆に因襲に捉えられてしまった!?)きっと百年後には黒澤監督はじめ同時代の芸術家・文人たちに取り巻かれた中心人物のように見えるのではないでしょうか。
作曲のゴーストライターは普通に存在します
作曲のゴーストライターは普通に存在します。 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q127686557
墓の下を刳り貫いて作った某スタジオでは、時々原因不明の怪しげなノイズが出る、これはお墓の祟りじゃないか?・・・・・・中にはビッグネームの先生よりも、ゴーストの方が格段実力が上の場合も、少なくない。 「今度の曲、ちょっとひどくない?」 「いや、実は今回は先生が書いたのよ」 「…」 なんて話も、時としてあるとか。 http://homepage2.nifty.com/7m1lot/g_writer.htm
武満徹のエラボレーション
大江健三郎 講演「武満徹のエラボレーション」 2001年2月22日、武満徹没後5年特別企画「夢窓」の一環として東京オペラシティコンサートホール:タケミツメモリアルで開催された、『講演と室内楽演奏会「音と言葉」』における、大江健三郎氏による講演の原稿(全文) http://www.operacity.jp/concert/2000/dw_oe_lecture.php
日本初のミュージック・コンクレート・・・黛が、内幸町にあったNHKで電気回路と格闘しながら「素数の比系列による正弦波の音楽」を作っていたのと同時期、25歳の武満徹が、日本初のミュージック・コンクレート「ルリエフ・スタティク」を作成している。こちらは新日本放送、現在の毎日放送がスタジオと技術者を提供した。 物量主義のNHKに対して、ちゃんと民放が同じ時期に対抗して似たようなことをしていたのである。 「ルリエフ・スタティク」は最初、芸術祭参加ラジオドラマ「炎」の劇伴音楽だった。 できたばかりの民放ラジオ局が劇伴にミュージック・コンクレートなどという新しい手法を使おうとした背景には、当時の民放はどこも最新鋭のテープレコーダーを導入していたという事情があったらしい。つまりスタジオをたくさんもつNHKは生放送で放送を続けることができたが、後発で規模が小さな民放局はすべての放送を生でまかなうことができなかったのである。 そこで民放各社は、出始めたばかりのテープレコーダーを導入して対処しようとした。テープレコーダーがあるならいっちょ最先端のミュージック・コンクレートをやるかとなって、無名ではあるが実験工房で注目を集め始めていた武満に声がかかることになったようだ。 ちなみに、NHK電子音楽スタジオは1993年にその幕を閉じている。スタジオの主的存在だった技術者の佐藤茂が1992年に定年退職となったのをきっかけに、「あんな儲からないセクションは閉じてしまえ」ということになったらしい。 佐藤の証言:「ああいう電子音楽をNHKの中で残そうとするには、相当努力しないと残らんでしょう。3ヶ月も使って売れない曲を作ってたら、商売にならんからいらないって言われるでしょうね。佐藤がいるんだから歴史があるからって、いる間は残しとけってことだったけど、いなくなったらあっというまに潰しちゃった。」(「電子音楽 in JAPAN」田中雄二著 p.100)
http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2007/09/index.html
詩人と各界のゲストが語り合う人間・武満徹
谷川俊太郎が聞く武満徹の素顔の詳細 目次:第1章 武満さんのこと、火星人みたいに思ってた(小澤征爾・指揮者)第2章 作品より、人間のほうが好きだった(高橋悠治・作曲家・ピアニスト)第3章 一〇〇年たっても、残る音楽(坂本龍一・作曲家)第4章 映画音楽のほうが、ずっと前衛的(湯浅譲二・作曲家)第5章 徹さんは、ロックスター(河毛俊作・演出家)第6章 僕の息子の名付け親(恩地日出夫・映画監督)第7章 武満さんは、言葉の人(宇佐美圭司・画家・造形作家)第8章 天秤の棹の長い人(武満眞樹・映画翻訳家・音楽プロデューサー) http://books.yahoo.co.jp/book_detail/AAR67596/
タケミツは早坂文雄名義にも隠れている
佐藤勝も若い頃は早坂文雄(黒澤明の羅生門や七人の侍、生きるなどで有名 この人は他にも武満徹や芥川也寸志などの日本を代表する作曲家を助手にしてる) 永遠に続く作曲家のリレーみたいな物で直系の弟子なんだよ。 早坂文雄→佐藤勝→久石譲→片倉三起也 ↓ 武満徹・芥川也寸志 ↓ 高橋悠治 現にその時に佐藤・武満らが作った若しくはサポートした曲は 早坂文雄名義で発表されているし、 高橋悠治が武満徹のアシスタントをしていた時に作った若しくはサポートした曲は 武満徹名義で発表されているし、 久石が佐藤勝のアシスタントをしていた時に作った若しくはサポートした曲は 佐藤勝名義で発表されている。 アシスタント制やサポートする事は 音楽界の伝統のような物で別に騒ぎ立てる様なことじゃない。 現に世界的に著名な武満徹ですら高橋悠治をアシスタントにしている。 http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/gamemusic/1145270732/1-15
世界のタケミツって武満徹の現象学・学校に飾るに相応しい写真たち
http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/4b/1e/ochikoboremaru/folder/626190/img_626190_35822934_0?1191143640
http://magicbassoon.at.webry.info/200710/article_15.html http://image.blog.livedoor.jp/yami_yahma/imgs/1/5/15159327.JPG http://www.amazon.co.jp/%E6%AD%A6%E6%BA%80%E5%BE%B9%E3%81%AE%E9%9F%B3%E6%A5%BD-%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC-%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88/dp/4276132746/ref=sr_1_42?ie=UTF8&s=books&qid=1235793511&sr=8-42
世界のタケミツって http://www.yodokon.jp/plaza/23.html
武満徹の人と音楽を知る書籍 http://www.shogakukan.co.jp/takemitsu/all/05.html
武満徹とギターの音楽 藤井眞吾(ギター)武満徹氏がギターの為に書き残した作品はいずれも20世紀を代表する名作の数々です。ギターに対する深い洞察と愛情、そして篤い思いは、精緻を極めたオリジナル作品のみならず、数々の編曲作品からも横溢しています。コンサートによせて ~荘村清志(ギター)・・・今回は武満さんの現代音楽とは別な側面である、「うた」から何曲か眞吾さんがギター二台の為に編曲して下さって、これがとても楽しいのです。徹さんが聴いたらきっと喜ばれたと思います。武満さんの色々な面を(でも深いところでは同じ)お楽しみ下さい。
http://manzana.ne.jp/concerts/takemitsu.html
武満徹の合唱曲・その他あらゆる音楽を手中に収め、自在に創造を続けた二〇世紀を代表する邦人作曲家、武満徹 http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/chorus/1125924511/l50 http://www.youtube.com/watch?v=hkPWRWHQDbQ http://www.youtube.com/watch?v=51YogqH1ydc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=I9BqooZOJnY&feature=related http://www.youtube.com/watch?v=8TKGZek2sFA&feature=related
(武満徹の合唱曲、等で検索すると他にもたくさんヒットしますね。。。。)
音、沈黙と測りあえるほどに 「私はまず音を構築するという観念を捨てたい。私たちの生きている世界には沈黙と無限の音がある。私は自分の手でその音を刻んで苦しい一つの音を得たいと思う。そして、それは沈黙と測りあえるほどに強いものでなければならない。」「私は音を組立て構築するという仕事にはさして興味をもたない。私は余分を削って確かな一つの音に到りたいと思う。」 ―武満 徹