心と体

2009年3月20日 (金)

偶然の一致・・・霊的の意味

  ある女性が高価な宝石スカラベ(神聖な甲虫)を貰った夢を見た。起きてからかすかな音を聞いた。振り返ると大きな虫がいて、窓を開けると黄金がかった緑色の甲虫がいた。(ユングによる)

 夢で見たことが現実になったが、そうした経験は「偶然の一致」と呼ばれたりする。・・・・・・

 自分も似たような経験は、結構する。但しお金に関係ないことばかりだ。如何でもよいことばかり一致しても仕方がない。(ちなみにナンバーズなんかについて言うと逆の方に一致する。たとえば当たりが「~4,5~」だと自分は3,6という数字を選んでいる。)そういえば先日近くを歩いていた男女の会話が聞こえて来た。

「霊的に導いてあげなきゃ駄目じゃない・・・・・・」

と男の方が言っていた。どっかの宗教でもやっている人たちなのだろう、と思った。だが、後でその会話を思い出して何故か酷く気になった。宗教といっても、どこの宗教の人がそういう表現を使うのだろう? 検索エンジンで調べてみるとキリスト教系らしきページでその表現がよく出てくるみたいだ。だが彼らがナニ教の人だったか正確には判らないのだ。後をついて行って訊いてみればよかった。その種の人たちなら教えてくれたかも知れなかった・・・・・・だが、自分はそんな面倒くさいことはまずやった経験がないのである。人生には最後まで判らないことがたくさんあるだろうし、このケースもショウガナイか。

 でも何故そんな会話が気になったかというと、健康の定義について最近下のような話を目にしたからである。

1998年WHO(世界保健機構)執行理事会では、従来の健康の定義「健康とは肉体的、精神的ならびに社会的に良好な状態である」に加え、霊的(スプリチュアル)を加えるよう賛成多数で議決した。賛成22国、棄権が8国、反対はなかった。

 WHOでは霊的という言葉に、精神的、とは別の意味を付与しているのだ。棄権8ヶ国もいまや少数派である。そんな話で驚いているようでは、世界の常識について行けないではないか・・・・・・でも、日本人は不幸であるかも知れない。霊的、なんて言葉は戦争の記憶とかナントカ神社、新宗教、それら極端なケースとの関わりでしか意識されないのかも知れない。だが本当に意味を判っているのか? その霊的って実際どういう事なんだろう?

 (自分は霊の専門家でもありませんし、時間もないのでここから先は引用で済ませる事にしようと思います。)

その霊性(スピリチュアリティ)とは何かだが、「存在の意味を見つけだしたいという生の次元」とか「精神と物質の背後にあって、それらを操り統一させるものであり、生きていくうえで欠くことが出来ないもの〔鈴木大拙(仏教哲学者)〕など、様々な視点からの定義づけがなされています。
がしかし、より理解の手助けとするためには、ここでSpiritual Pain(スピリチュアル・ペイン)という概念をご紹介しましょう。Spiritual Painとは、「
自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」であり、生きる目的や意義、自己存在の意味、価値といったものを見失うといった、まさに日常性が破れ、危機的状況に遭遇したときに味わう苦悩、“存在の痛み”なのです。
 ヴィクトール・フランクルの実存分析では、『人間は、<自らの自由意志に基づいた責任のある決断を行い、人生の意味や、価値を追及しうる存在>すなわち、「意味への意志」を発動することのできる存在である。』としています。・・・・・・

光と影、陰と陽。これらは二つにして一つであり、蔭(影・陰)は現れのもの(成果)として現象化するために欠くべからざるものなのです。
その御蔭(おんかげ)への感謝こそが、ストレスに克ち、生きがいのある志(自己の独自性、自分だけに与えられた人生の意味・価値=オンリー・ワン)をもって生きていくための最良の方法であり、Spiritual Painを和らげ、霊的成長を促す、先祖から継承された智慧なのです


「霊的に健康である」とは、心の一番深いところから生きる力が絶えず溢れ出ている状態です。

心の状態が、健康にどう影響するかを研究する精神免疫学者の伊丹仁朗博士は、「ストレスが多い人ほど病気になり易い。
しかし喜びや笑いが生活の中にある人は、ストレスに負けないで健康でいられる」と言います。

同様に、健康法も五感の節制と肉体的鍛練によって、徐々に築いていく一般的な方法と、
中国5000年の歴史を持つ奥義によって玄牝の門(チャクラの中心)を開き、覚醒させることに事により
、「魂→心→体」へと健康を作り上げてゆく、特別な霊的方法があります

http://srkanemaru.at.webry.info/200712/article_30.html

ウーン随分と宗教的な感じになってしまいましたが、自分は宗教関係者ではありません。しかし今日はお彼岸なので、こういう話題から始めることと致しました。

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